江湖迷人

Yahooブログから引っ越してきた武侠迷のブログです。中華ドラマの古装劇、ミステリ、SF方面を主に取り上げて、感想文を書き連ねてます。ネタバレはしたくはないんですが、ばらし放題になってることも、逆に肝心なことを抜かして何のことかわからないこともあって、あまりあてにはならないので、ご用心ください。

08射鵰英雄伝 その6

第43~50集


見始めると一気なんです(笑)
欧陽鋒と楊康の江南五怪殺しから始まって、酔仙楼の戦い、黄蓉の失踪、鐡槍廟、蒙古のサマルカンド攻撃、崋山論剣、成吉思汗の死と物語の骨格は原作どおり進みます。
どこまで書くとネタばれなのか、いつも迷うんですけど、ひとつだけ。鐡槍廟では楊康は死なず、金軍を率いてサマルカンドにいて、郭靖たちと対峙します。
こうでないと、楊康ぬきになって、この話は成立しないでしょ。

つまり、「我是誰」と問い続けた郭靖、楊康、欧陽克という三人の若者の話なんですね、この射鵰は。
自分は、だれかということは分かっていて、それを導いてくれる人たちに恵まれたのが、郭靖。
わかっているのに、認めてほしいただ一人の人に、無視され続けた欧陽克。
それすら、わからなくて、楊康と完顔康の間で揺れ続け、周りの人間に振り回され続ける楊康。
こんなところでしょうか。自主性がないようで、一番自分をしっかりもってたのは郭靖で、その反対が楊康。欧陽克は、父親を切り捨てた時に自分を確立したけど、間に合わず・・・

この三人の父親たちも、それぞれに「父親とは何か」をそれぞれに見せてる。
特に今回の楊鉄心と楊康は深くかかわるせいで、楊康が簡単に金の王子にもどれない。
自分を受け入れなかった包惜弱への復讐に楊康を自分のものにしようとした完顔洪烈は結局本心から楊康をわが子と思ってた。息子より九陰真経をとったと思われた欧陽鋒も結局息子の仇を討つ。
一番情けない「父親」が、丘処機。「勝手に仕切ってくあんたが悪いのに、楊康をせめるなんて」と穆念慈に攻め立てられてるのも当然。

でも、この話だと、「神鵰侠侶」は成立しないなあ・・・